運勢は幸福への道標です!自分の命運を知って運勢を向上させよう!

はじめまして、運勢鑑定士の聖山玄龍です。

「皆さんお金はよく稼げていますか?」
「夫婦関係はギクシャクしてませんか?」

「毎日、子供たちとの会話はありますか?」
「これからも仕事は順調に行きそうですか?」

「ひょっとして、人間関係で悩んではいませんか?」
「心底から嫁姑の関係は仲良くやってますか?」

誰しも幸せを求めて一生懸命に生きているんですよね
私も今は鑑定士を職業として生きておりますが、以前の私の場合は

運勢なんてことも見てもらったこともなく、もちろん信じることもしない
全く無頓着で、人生を厭世観で生きてきた人だったのですよ。

運勢鑑定で人生が変わるのか?

そんな私ですが、運勢鑑定によって人生が180度変わったのです。
運勢鑑定なんかと、バカにしていたぐらいの私がそれによって、今では
家庭崩壊寸前の家庭が、ずいぶん夫婦仲もよくなり、子供たちも
立ち直ってくれました。

これは奇跡や偶然ではありません。
あなたもこの運勢の法則を知ることにより、確実に人生をいい方向へ
変えていくことができるのです。

それでは、まず私から自己紹介として、数十年前のあまり思い出したくも
ないお話から正直に打ち明けましょう。

ちょっと恥ずかしくて、本当は人には言えない話ですが、私を
知ってもらうために生い立ちから現在までの生活ぶりをあからさまに
お話ししたいと思います。

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聖山玄龍の少年期

私は石川県の能登にある田舎町に生まれました。
戦後のどさくさ紛れの時でしたので、昔のことを知っている人は
何も言わなくても「あの時はよく生き残ったなあ」という思いが湧いて
くることと思います。

私は2人兄弟の次男として生まれました。
まず最初に私を襲った不幸は、やっと物心ついた10歳のときに母親を
 亡くしてしまったことです。
昔のことですので、今のように便利な時代でもなく、父親が母親の代わりを
勤めることはとても難しい時代でした。

皆さんもわかると思いますが、やはり母親からの愛情は何よりも
代えがたいものです。
そんな大事な幼少期に私は母からの愛情を失いました。

しばらくすると、親戚の後押しで後妻となる新しい母がやって来ました。
子供心に、新しい母親に気を使いながらすごしましたが、やはり何となく
心の奥底で違和感を感じた自分がそこにいました。

思春期の鋭敏な感覚を持った頃だったからでしょうか、新しく来た義母を
簡単に今までの母と変えることは、やはり難しかったです、

母親の愛にに包まれる暖かい家庭であるはずが、どこかぎこちなく
わずかな、感情のずれで、親子喧嘩が始まったりで
いつの間にか、家庭が安らぎの場ではなくなっていきした。

そして、結局は血がつながっていないからという所に行ってしまう、
私にもコントロールできそうもない理由が、いつも家庭内で私の首を
絞めるように横たわっていました。

中学を卒業後、家が貧しかったこともあり、高校へは行かず職業訓練学校
へと進みました。そこで自動車整備を学びました。

正直、早く家を出たいという思いもありました。

職業訓練学校卒業後は自動車整備工場をいくつか転々としました。
なぜ、職場を転々としたのか?

というと、元来短気ものであった私は、カラスが鳴かない日があってもお前が喧嘩を
しない日はない!!困ったもんだと。父がこぼしていたことを今思い出すのですが

良くいえば、正義感が強すぎる??、曲がったことは大嫌い!
悪くいえば、ただの意地っ張り、我儘身勝手(笑い)

泣きを通り越して、笑うしかない、というくらいに箸にも棒にもかからない
やんちゃ坊主だったようです。

三つ子の魂百までのことわざのように、そのまま社会に出るものですから
世間の風は、甘くは有りませんでした。

入社して一番長く努めさせて頂いたのが、金沢市浅野本町に現在もある石川トヨペット社
の、整備士として採用していただきました。

がそこも、一年半ほどでクビになりました。

理由は同僚と喧嘩をして、相手に怪我をさせてしまい、さらにそのことの反省を
会社の上司から求められた時、自分は悪くないから、謝りもしないし、反省する必要も
有りません。

と、言い切ってしまったんですね。
自分で自分に酔っていたんですね、それでカッコいいと思ったんですから
どれほどのアホか?国宝級かもしれないですね(笑い)

いみじくも、その時の上司の言葉は、『藤岡 君はこんなところよりも
もっと、君が活躍できる世界がほかにあると思う、だからそちらで頑張りなさい。』

というわけで、石川トヨペットをクビに成ってからは、建設業につくまでに約4年間の間に
10数社を転々としました。理由はほとんどが人間関係でした。

自動車整備、運送屋、ハツリ屋、oo組の舎弟、バーテンダー、ボーイ、
呉服の行商の雇われ運転手、中古車セールスマン、青果野菜の行商の運転手、
などなど、目まぐるしい人生でした。

しかし、こんな人生勉強が役に立っているんですね
挫折する人の心が手に取るようにわかります。

そして、巡り巡って、21歳のときに土木建設会社に入社しました。

聖山玄龍の青壮年期

波乱万丈の少年期が過ぎてその後は、建設業界が、俗いう水が合ったのか
建設機械を運転し、測量もし、コンクリート工事もと、

汗まみれ、油まみれ、泥まみれ、おまけに、酒まみれとなって、がむしゃらに働きました。
縁とは不思議なものと言いますが、女っ気のないバンカラを地で生きていた自分に

ひょんなことから、現在の妻と恋愛をすることになりました。
運命の赤い糸は結ばれていたんですね。
本当に喜びでした。

ところが、その喜びが、なかなか長続きしなかったんです。

お陰様ですね、結婚して3男3女の子宝に恵まれました。
しかし、結婚生活は自分が描いていた幸せな生活とは、全くかけ離れた
心の地獄を味わうような生活でした。

結婚したその1ヶ月後には父が他界したので、義母と私たち夫婦が
同居する生活が始まりました。

わずかな、ボタンのかけ違いのような、言葉が過ぎたり、足りなかったりが、大事になり
私と嫁との争い、嫁と姑との争い
姑と孫たちとが争いをするなど、世間では信じても
もらえそうもない、そんな環境で生きる
子供達が健やかに育つはずがありません。

登校拒否に始まり、仕事ができない、果ては精神病の2歩手前という病院の
 診断書までいただくありさまでした。

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聖山玄龍の運命の転換期!

そんな時に、時間とともに世の中も変わり、リストラの風が吹き荒れました
私も、公共事業の縮小を政府が決定したあおりでリストラの宣告でした。

今度の転職は、若い時のブレーキの故障した電車が脱線したような失敗から
ではなく、35年以上も積み上げてきた、土木建設業を辞めて転業するのか?

それとも、細々とでもこれまでの土木建設業を続けるべきか、それとも新たな
何かに挑戦すべきなのか?

リストラのあとは、時間もできたので、今までの人生の振り返ってみました。
これは私が何か悪いことでもして身から出た錆なのか、又はもともとそういう

波乱の運勢の持ち主である事の故のことなのか?
しかし私は100%とは言えないかもしれないが少なくとも
90%以上は誠実に生きてきたという自負のようなものが有りました。

それでいて、こういう結果であれば運勢ゆえに起きたのではないか?
そういわざるを得ないのではないか・・・・。

もしそうなのであれば、その運勢というものを変えられないだろうか?
そう、自問自答する日々が何日も続きました。

人の運命というものは、まさに出会いによって決まると言って過言では有りません。
あの時の、あの人の一言がまさに今日の自分を造らせて頂いたのです。

というように、世の成功者もその反対の人も、運命の岐路に立つ時があった
のです。

その時出会ったのが如何いう人だったか?
その人が自分にとって善なる人か、悪なる人なのかを、決定するのは
相手ではなく、実は自分自身の運勢だというのです。

運命は自ら招き境遇は自ら切り拓くものという言葉もあるように
必ず運勢は変えられるはずだと、思って生きてきた・・。

その時が私、聖山玄龍と運命学会の出会いで有りました。

そうして、詳しい運勢鑑定を通して、人の力の限界というものをはっきりと
知ることができました。
あ、そうなのか、これがもがいていた原因だったのかと感じました。

また、自分だけの力では決して人生は100%思い通りにはならないし、
むしろ、そんなことさえ知らずに地図のない行き当たりばったりの人生を
送ってしまっていることに気づかされたのです。

運勢鑑定士、風水師として活躍している現在

その後、私はこのことを多くの人に知らせてあげることをライフワークとする
ことを決心しました。

そうして、それからはこれまでの人生を洗い清めるように人一倍勉強と
修練の日々を重ねました。

人生でこれほど真剣に勉強し、精誠を重ねて精進したことはありませんでした。
酒や夜遊びもきっぱりとやめ、今では全く一滴の酒も飲まなくなりました。

そんなおかげで現在、私は十数年の歳月になりましたが鑑定士として多くの
お客様に囲まれ、夫婦仲良く、また家庭にも子供たちが少しずつですが
これまでのことがうそのように立ち直ってくれています。

人間の幸、不幸、仕事の成功、失敗などを決定するものは単に人間の能力や
努力のみではありません。
そこには目に見えない”運”が、多分に作用していることを多くの人が
認めています。

人は“運勢”があってこそ幸福になり、成功出来るのです
私はそれを身を持って体験いたしました。
そして、地獄の底から生還して今は天国に向かって生きていると実感しています。

あなたが知らないまま、今も地獄の底を味わっているとしたら、私はあなたの
助けになれると思います。(あなたが嫌でなければ)

あなたには私が知った、この目に見えないけれども、最も人生で尊い、
「運勢の法則と人生の極意」をお教えすることができるでしょう。

一人で悩んでいないで、お気軽にお声をかけてください。

親身になってあなたの話を聞き、解決の方策を
具体的にアドバイスいたします。

 

鑑定士 聖山玄龍

 

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