男子スポーツ選手 運勢

レジェンド葛西紀明が平昌の空を飛んだ!輝く戦績!今度は金メダル

投稿日:

画像出展:https://www.google.co.jp

平昌五輪スキージャンプ日本代表の葛西紀明さんが、日本選手団の先陣を切って、

旗手として登場しました。今回の平昌冬季オリンピック日本選手最年長の45歳の

『レジェンド葛西』と多くの選手やファンからも尊敬を集めていると言うのですね。

筆者は恥ずかしながら、レジェンドの意味が分からなかったので、知れべてみると

その意味は、『伝説」を意味する英語。転じて、事績が伝説として語り継がれるような

偉大な人物のことも指す』と言う意味だそうです。確かに葛西紀明選手の現在までの

戦いぶりを振り帰ってみれば、19才の時が冬季オリンピックデビューならば、それから

8回のオリンピックに連続出場しています。記録においても、2014年 ソチ五輪の時は

41歳になった葛西紀明さんでしたが、ノーマルヒルは8位に終わったが、


画像出展:https://www.google.co.jp

ラージヒル個人で銀メダル、同団体で銅メダルを獲得したと言うのですから、これならば

レジェンドと呼ばれるに相応しい葛西紀明さんだと思いましたね。

今回の平昌オリンピックでも思いきり活躍してくれるでしょう。

そして今回は、このレジェンド葛西紀明さんを運勢的に分析して、葛西さんがどのような

運勢の元で活躍して来られたのかを紹介してみたい思います。

スポンサードリンク



葛西紀明のプロフィール

本    名: 葛西紀明(かさい のりあき)


画像出展:https://www.google.co.jp

愛   称:NORI、カミカゼ、レジェンド

生年月日: 1972年6月6日(45歳)

出身地: 北海道の旗北海道上川郡下川町

身   長:177cm

選手情報

クラブ:土屋ホーム

使用メーカー:フィッシャー

最高記録: 240.5 m

ワールドカップ
シーズン:1989年-

優勝回数 17回 (+団体3回)

他の表彰台 46回 (+団体14回)

表彰台獲得数 63回 (+団体17回)

略歴


画像出展:https://www.google.co.jp

葛西 紀明さんは、北海道上川郡下川町出身のスキージャンプ選手。東海大四高校から

地崎工業、マイカルを経て現在は土屋ホームに選手兼任監督として所属。

2005年度日本オリンピック委員会・選手強化キャンペーンのシンボルアスリート制度

適用選手でした。16歳時の1988年より日本代表として国際大会に出場し、1992年の

アルベールビルオリンピックに19歳で初出場。

以来、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバー、ソチ、平昌と

史上最多計8回の冬季オリンピックに出場します。


画像出展:https://www.google.co.jp

2001年下川町町民栄誉賞受賞。2016年ホルメンコーレン・メダル受賞。

スキージャンプの選手としては異例ともいえる20年以上のキャリアと、40歳を超えて

なお一線級の成績をマークすることから「レジェンド(生ける伝説)」と国内外から

尊敬を集め称される素晴らしい選手です。

開会式の入場行進では旗手を務める!

レジェンド葛西紀明さんは 、『ソチが終わったときに次は旗手だな』と、自ら感じる

ものがあったみたいです。 葛西さんは主将だった2014年ソチ五輪で

個人ラージヒル銀と、団体銅のメダルを獲得しました。主将や旗手は、競技への影響を

懸念して断る選手もいる中、葛西紀明さんは、依頼を受けて即答しました。

開会式の一番目立つところ。僕にぴったりの大役」と、ご機嫌な様子で、どちらも

務めた選手と言うのは、冬季オリンピックの日本男子では初めての事になるそうです。

気合十分な葛西紀明選手ですが、いつ、何が起こるかは分からないもので、

7日に行われた練習後の事、予定していたシャトルバスが「待てど暮らせど来ない!」

というハプニングに見舞われたそうですね。日本では考えられないような適当さの

お隣の国ですから(笑い)

葛西選手は7日に行われたノーマルヒル公式練習に参加し、5人のうち4人が出場

できる選考を兼ねていたのですが、1本目は日本選手中最下位、2本目も4位と

メンバー落ちの危機にさらされたが、3本目で3番手に食い込み、なんとか

メンバー入りを決めました。

葛西選手は「誰が選ばれてもおかしくないメンバーの状況で部長、ヘッドコーチには

難しい選択をさせてしまいました。申し訳ないです」と反省のコメントも

あったそうですが、そこは、「しっかり予選通らないとね」と8日に始まる

予選突破の決意を明かしていました。

葛西選手のブログによると『22時丁度のバスが待てど暮らせど来ない!』

気温はマイナス14度」と、乗る予定のシャトルバスが全く来ないハプニングが

勃発したようです。「他のチームはとっくの昔に帰っちゃって、日本チームだけ取り

残されるし、しかも40分も!」と、これは従軍慰安婦の恨みかな?と

思ってしまうのは筆者だけでしょうか?

極寒の中、40分も外で待たされたことを明かしていました。

「開会式の練習だと言い聞かせて堪え忍んでましたが、マジでなまら寒かった」と、

相当寒かったようですが、なんとか無事に選手村に帰る事ができたようで、

「しっかりキムチとコムタンスープを食べて、部屋でまったりしてます」と

言う事で大事には至らなかったようで、良かったですね。^^/

伝説の男と呼ばれる葛西紀明の運勢鑑定をしてみた

葛西紀明さんは1992年アベルベールビル冬季オリンピックに19歳で初出場

しました。成績はノーマルヒルは31位、ラージヒル個人は26位でしたが、

ラージヒルジャンプ団体で4位入賞を果たしました。

ラージヒルジャンプ団体で4位入賞を果たした日本チーム。左から

上原子次郎選手、須田健仁選手、原田雅彦選手、葛西紀明選手です。


画像出展:https://www.google.co.jp

葛西憲明さんは1972年6月6日生まれですね。葛西さんの四柱推命の命式

を見てみると、さすがレジェンドと呼ばれるだけあってとっても素晴らしい

運勢の持ち主です。いやしや、持って生まれた運勢だけでなく本人の努力が

あったことも無視できませんが、・・。下記が葛西紀明さんの命式です。

2018年41歳~50歳?時6日6月1972年年月日時
流年大運時柱日柱月柱年柱四柱
己亥庚戌戊辰丙午壬子天干
敗財食神偏印偏財通偏星
冠帯帝旺地支

それでは、まず上記の表を見ていきますと、1972年6月6日生まれでは

2018年2月からの運気が上記の表のようになります。葛西紀明さんが

もともと持って生まれた運勢が強い人であり、それが誕生日によって与えら

れる星が決まるのですから、運勢の良い日に産んで貰えたんですね。

その人の運勢を判断する中心と成るものが月柱である偏印という星に

成ります。これは人生の半分以上の運勢を占めている運気で、そして、その

星の下についている地支が帝旺という運気になっています。

地支の運気は人間が生まれてから死ぬまでの状態を例えにして表しています。

胎、養、長生、沐浴、冠帯、建禄、帝旺、衰、病、死、墓、絶、の12の

運気で表されます。

偏印という星は学問、文化や芸能、宗教性なども意味する星です。そして

その運気の強さを表す地支が帝旺ですので、帝旺という位ですから最高の

強さと言うことに成りますね。偏印の星を持ちスポーツで大成した選手は

葛西選手をはじめ沢山おられます。年柱は偏財の胎となっていて、年柱は

晩年の運勢と月柱の運気とプラスして偏財の性質も加味されます。偏財は

動く財や社交性などを意味します。偏財の地支は胎なので、帝旺が示す

類まれな運動能力と、人間的な優しさを持った人と言う風に星は現して

います。日柱、比肩、地支は冠帯であり、これも強い運気を表しています。

日柱は一生を通じた運勢を表し、比肩は自分自身を意味して、地支が冠帯

ですから、良い意味で自我が強く確立した人と言うことになります。

運勢は一生一定ではなく誰しも良い時と不運な時がかならずやって来ます。

その時、大難をどうやって小難に変えていくかが大事なことですね。


画像出展:https://www.google.co.jp

運気の流れは、葛西紀明さんの場合、10年後との大運の推移と毎年の

運勢である、流年運で見ていくと、1歳から20歳までが大運が大変良く

19歳でアベルベールビル冬季オリンピックに初出場、団体4位入賞を

果たしました。

レジェンド葛西紀明の輝く戦績!

そして、それからは、徐々に運気は下降線を描いていきます。

リレハンメル五輪 1994年 21歳ノーマルヒルで5位入賞を果たしたほか、

団体戦では銀メダルを獲得しました。ジャンプでの」メダルは、

レークプラシッド大会(1980年)70メートル級での

八木弘和(銀メダル)以来でした。

そして、葛西紀明さんが25歳の時の長野オリンピックです。

葛西選手は、21歳から30歳までが大運では、比肩、31歳から

40歳までが敗財という運勢的には低迷期に入っていきます。

この大会ではノーマルヒルで7位に入ったものの、左足首をねんざ

したため団体メンバーに入れず、メダルを逃しました。

転倒した葛西選手


画像出展:https://www.google.co.jp

運勢が低い時は誰でも苦労が多い

2002年ソルトレーク五輪の時は葛西選手は29歳です。

ソルトレーク五輪は出場しましたが、このときの記録はノーマルヒル

で49位、ラージヒルで41位に終わりました。

葛西選手の運勢は31歳から40歳までが敗財という運気ですから

ここは21歳から30歳までの運気よりもある意味きびしいかったかも

しれません。 2006年トリノ五輪は出場したのは33歳の時です。

この時の記録は、ノーマルヒル20位、ラージヒル12位。

3大会ぶりにメンバー入りした団体は6位だった。でも大きな怪我など

は無かったので大難も小難で済んだというところでしょうか。

2010年バンクーバー五輪出場、葛西紀明選手はこの時37歳です。

まだ、運気としては低迷期を脱してはいません。この大会での成績は

ノーマルヒルが17位。ラージヒルで8位、団体で5位に入賞しました。

メダルは獲得出来ませんでしたが。怪我をしなかったのが収穫ですね。

Vサインで観客の声援に応える葛西紀明さん


画像出展:https://www.google.co.jp

スポンサードリンク



長かった運勢の低迷期を抜けました!

2014年ソチ五輪は通算7回目のオリンピック出場!葛西紀明せんしゅは41歳

日本選手団の主将に任命される。この年から大運が敗財から食神に変わりました。

敗財の極端に低い運気から食神の好運気に転換されて来ます。

この大会はノーマルヒルは8位でしたが、ラージヒル個人で銀メダル、

ラージヒル団体でも銅メダルを獲得しました。

ラージヒルの銀メダルを右手に、団体の銅メダルを左手に持つ葛西さん


画像出展:https://www.google.co.jp

1994年 リレハンメル五輪の後 21歳の11月、大会で転倒して鎖骨を折り、

しばらく跳べない状態が続きました。この頃から運気は低迷期に入って行きました。

葛西紀明選手は次回冬季オリンピックは98年の長野オリンピック。そこに向けて、

翌年(95年)、5月頃ようやく完治しました。

約半年間のブランク、アスリートにとっては非常に大きなブランクです。

そのブランクを埋めるため、葛西選手はひたすら誰よりも練習をし続けたという。

通常なら3百本跳べば十分といわれる夏に、900本跳んで再起を賭けたんです。

自分が飛べなかった時間の間に、他の選手は先へ進んでいる・・・

そんな思いと、必ず次のオリンピックで目標を実現させるために心を鬼にして

自分自身に過酷な猛練習を課したのですが・・。

それが逆に災いして、その冬のシーズンで今度は着地の時に足を骨折しました。

苦しい時にもがけばもがくほど苦しくなる。そんな感じの当時ですね

過酷な練習のし過ぎで、腰や股関節に負担をかけ過ぎたのが原因でした。

そしてその怪我からまたしても1年半ほど記録からは遠ざかってしまいました。

悪いことは重なると言うのが世の常で、そんな折に実家が放火に遭い、

母親が全身火傷で病院に運ばれるという災難にも遭いました。

なんとか一命は取り留めたんですが、火傷は全身の70%にも及んでいて、

炎の熱で肺も気管も焼けていたという。何度も皮膚移植を繰り返したんですが、

結局1997年の5月に亡くなられました。

母からの手紙「絶対におまえは世界一になれる」


画像出展:https://www.google.co.jp

葛西紀明選手、の不屈の闘志の裏に、壮絶な出来事が秘められていたのです。

「金メダルを取って家を建ててあげる約束を果たせなかったのが、本当に残念で」と

葛西選手が常に「オリンピックで金メダル」を口にするのは、そんなお母さんへの

思いが有ったからなのでしょう。

そしてそれを実現するために、お母さんへの恩返しのために今も飛び続けているのか

もしれません。「貧乏と闘いながら必死で働いて僕たちを育て、ジャンプまでやらせて

くれた母には、いくら感謝をしてもし足りません」。

葛西選手は言った。「入院中の母は、もう手も握れないくらいひどい状態でした。

死の恐怖と必死に闘っていた。そんな中で、不調な僕を気に掛けて、励ましの手紙を

送ってくれたんです。」母からの手紙、そこに書かれていたこととは

「いまこの時を頑張れ。」

「絶対におまえは世界一になれる。」

「お前がどん底から這い上がってくるのを楽しみに待っているよ。」と。

「いまでも大事な大会の前にはこの手紙を読み返します。」

「見るたびにものすごく大きな力をもらえるんです。」

誰よりも葛西選手の味方でいてくれた母親、その言葉と母親への恩返しの

気持ちが常に葛西紀明選手を奮い立たせ続けたのですね。

彼自身の心の強さ、そして応援してくれる人々への感謝の気持ち、あきらめない心。

そのすべてが常に彼に強さを与え続けていたのかもしれない。

そして、ついにその時がやってきました。


画像出展:https://www.google.co.jp

葛西紀明41歳、ソチ五輪ラージヒル個人決勝 銀メダル

ラージヒル個人決勝

1本目に139メートルの大ジャンプ。そして2本目も133.5メートルの

ジャンプをランディングまで正確に決め、滑っていくとゴールゲート付近で

待ち構えていた伊東、清水礼留飛、竹内択が、「のりさん、勝ちましたよ!」

と走り寄ってきた。

「(3人が来てくれて)涙が出そうなぐらいうれしかった」

チームメートと喜びを分かち合うと、電光掲示板には「1」の表示。

29番目に飛んだ葛西が暫定1位となり、この時点で銀メダル以上が確定でした。

結果としては、30番目に飛んだストッフが1位、しかしそのストッフとの

点差はわずか「1.3点」でした。

「個人戦でメダルを取るというのは難しいことだと自分でも思っていました。

なおさら、今の時代、非常にジャンプ界のレベルも高く、誰が勝っても

おかしくないという状況の中で、銀メダルを取れたのは、自分でも自分を褒めたい」

「金メダルは取れなかったけど、銀でも大満足です」

レジェンド葛西紀明平昌の空を飛んだ!


画像出展:https://www.google.co.jp

平昌冬季オリンピックの大会第2日の10日、アルペンシア・ジャンプセンター

でノルディックスキー・ジャンプの男子ノーマルヒル

(ヒルサイズ=HS109メートル)の1回目を行いました。

葛西紀明選手(土屋ホーム)は1回目16位でした。葛西選手は「やっぱり緊張

のあまり失敗してしまいました」と苦笑いを浮かべた。

葛西選手は「上で待たされて、寒くて、体がちょっと冷え気味で、飛んだ感じ」

と冷静に振り返り、2回目に向け「しっかり自分のジャンプをして、完璧な

ジャンプをしたい」と力を込めていました。

そして、1回目で104・5メートルをマークして16位につけた葛西選手でしたが

2回目は1回目を下回る99メートルに終わり、213・3点で21位で

メダルには届きませんでした。45歳の葛西紀明選手の今年の運勢は大運が

食神で好運気ですが毎年の運気である流年が比肩という運気で大運21歳から

30歳までのアクシデントに遭遇した時のような運気ですので、今回はメダルは

獲得出来ませんでしたが、怪我が無かったことはラッキーなことです。

今度の4年後は2022年まだ次の開催地は分かりませんが、葛西紀明選手は

49歳になります。この時の運気は大運が傷官、流年偏財と成りますので、

運勢的には大変良い運気になっていますので、運勢だけで鑑定すれば、金メダル

を獲得しそうな運気ですが、この時のレジェンド葛西紀明の体力はどうなって

いるでしょうか?

どうか葛西紀明選手が9回目の冬季オリンピックに出場出来ますように

応援しましょう。

スポンサードリンク



最後まで読んで頂き有難うございます

もし宜しければコメントなど頂ければ

幸いです。

おすすめ記事



-男子スポーツ選手, 運勢
-,

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

no image

出会いの運勢は風水や占いでアップ出来ますか?出来るんです

最近のわが国における結婚事情ですが 女性が社会進出できる環境がどんどん進むと共に 戦後、強くなったものは、女性と靴下だ言われた言葉 が有ったことを思い出すと、笑ってしまいそうですが・・。 関連

no image

2017年あなたの今年の運勢は!『八白土星』の運勢はどんな年?

 今年の運勢 2017年九星気学による貴方の運勢は? 九星早見表で貴方の本命星を見つけて見ましょう!! 一白水星~九紫火星まで,あなたの性格と特徴を見ることが出来ます。 (2月3日生)までは前年の星の …

奥原希望が!バトミントンで金!彼氏はだれ?運勢を占って見ました

奥原希望さんが2017年8月27日、バドミントンの世界選手権女子シングルス 決勝(英国・グラスゴー)で、リオ五輪銅メダルの銀メダルのシンドゥ・プサルラ (22=インド)との大激闘を2―1(21―19、 …

no image

2017年あなたの今年の運勢は!『二黒土星』の運勢はどんな年?

 今年の運勢 2017年九星気学による貴方の運勢は? 九星早見表で貴方の本命星を見つけて見ましょう!! 一白水星~九紫火星まで,あなたの性格と特徴を見ることが出来ます。 (2月3日生)までは前年の星の …

no image

『三碧木星』貴方の今月の運勢!「11月7日から12月6日まで」

朝夕冷え込む季節になり、時雨が降る季節になりましたが、如何お過ごしですか? 11月7日は二十四節気では、立冬、と言います。今年は初雪が 例年よりも早かった様ですが、この日から立春の前日までが冬、 の季 …